お歳暮とは

一年間、誰かにお世話になったとして送ることで古くから日本で行われている『お歳暮』という慣習、一度は見たことがありますよね。私も子供の頃は両親が何かもらってきても、大して気にすることはなくもらったものはありがたく使わせてもらおうというスタンスの、なんともありがたみもない子供でした。ただ、子供の時にお歳暮とは、と教えられてもたぶんあの頃の自分では聞き流していたと思います。親からも特別何も言われなかったのですが、それでも無為に使っていたら起こられた様な気がします。

さて、お歳暮といってもいざ自分が送ることになったとしたらさすがに知識もないのに下手なものを送ることは出来ませんよね、もし送ったものが相手の嫌いなものだったりしたら、なんとも気まずくなります。それに意図して送られたと思われても関係が悪化しそうで、お歳暮のはずが決別の品みたいなことになりかねませんね。

そうなるとやはりきちんとした情報を持って、しっかりとした贈り物を用意して贈答する、これが大事ですよね。そこで今回はそんなお歳暮に関しての由来やら何やらまで、全てをご紹介します。ひとまず分かりやすく書いていけたらと思いますので、よろしければ最後までお付き合いください。

語源

まずは言葉の意味から調べていきましょう。お歳暮とは単純にいえば季節の挨拶に合わせての言葉としても使われますが、言葉としての意味は年の暮れのことを指しています。元々は、『歳暮の礼』と言って信念に先祖の例を迎えるために必要な供物を、嫁いだ、あるいは分家した人が本家や親元に持っていく行事として行なわれていました。親元はともかくとして、分家という成り立ちが今でもある家系は早々ないでしょうね、あるとしてもほとんどの人が調べようとしない限り手に入れようとは思わない情報ではないでしょうか?私もそこまで詳しく知りませんしね。さて、色々な変遷を繰り返していく中で、お歳暮も日ごろからお世話になっている人に感謝するなど、歳暮周りと呼ばれる年中行事が行なわれるようになり、このことが転じて、今日ではお世話になった人に一年の感謝の気持ちをこめて年末に贈る、贈り物として使われるように言葉の意味も変化するようになりました。大きく何かが変わったということではありませんが、もともとは先祖の霊を呼び寄せて新年を祝うための供物が最初の由来、ということだったというわけです。それがいつしか自分が大変お世話になった人に対して送る感謝の印として、お歳暮という言葉が現代に広く根付くことになったんですね。子供の頃はこんなこと知ろうともしなかったのは当然ですね、子供の頃は大人に迷惑をかけることが子供の仕事のようなものですから、仕方ないです。私が子供の頃は、まだインターネットという文化が発展途上の段階であったために、今でこそ効した豆情報を手に入れる簡単に手に入れられる時代になりましたが、当時は親の言葉・テレビから放たれる情報・そして本に書かれている内容が全ての情報源でした。それ以前に遊びたがりの子供がお歳暮なんて言葉を調べているあたり、なんか子供らしくないですね。そんな相手への感謝の念を示すための品物を選ぶより、まずはのびのびと遊ぶことをしているべきでしょう

少し話が反れましたが、続きをしましょう。先祖の供物としての歳暮から、生きている両親など、日ごろからお世話になっている人への贈り物としての意味に本格的に変わったのは、江戸時代からだといわれています。その頃は掛売りがほとんどで、盆と暮れに決済を行なうのが慣わしとなっていましたが、暮れの一回決済という場合もありました。こうしたことにより、一年間の親交を感謝する意味から、得意先や親戚、知人、お世話になっていた人などに贈答するのを頻繁に行なっていたようです。言われてみると確かに決まった時期には家の中に箱が沢山積まれているのを記憶しています。感謝している人が多ければ多いほど送る品も数も増えると思いますが、下の意味としての活用はそのまま残っているあたり、昔の人の知恵というのは素晴らしいと思えますね。元の意味を違って使っている人が多い中で、先祖への感謝と供物としての使い方は今でこそ薄れていると思いますが、根本的な意味はきちんと現代にも伝わっていることが良いことでしょう。

日本においては、取引先の企業担当者、その定石、さらには担当役員などにお歳暮を贈るという習慣が広く存在しています。こちらも元のお歳暮としての基本的なことは同じですが、送り主が企業間での贈呈、または得意先幹部同士の贈答、さらに社員同士の贈答などで広く行なわれているのが基本となっています。1990年代ごろまでは、大手企業を中心に、取引先や監督官庁職員の自宅住所のリストを作成して、歳暮贈答を行なうこともある。但し例外としては、公務員が許認可などの相手方、立ち入り検査などの相手方、契約の相手方などの利害関係者からお歳暮などの金品・物品を受け取ることは、国家公務員倫理規定第三条第一項にて禁じられている。つまりは行員がこうしたものを受け取った瞬間に全て賄賂をしてみなされてしまうということになるということだ。厳しいといえば厳しいかもしれないが、その分安定した生活を送っているのだから何ら問題ないでしょう。

民間企業では公務員のように法令で禁じられている、もしくは規制がかかっているといったことを明確にしているところはないが、バブル崩壊後に企業活動のコンプライアンス確保のため企業方針として取引先からの高額な贈答品の受取を辞退したり、虚礼見直しで社内での贈答を全面禁止する企業が多くなってきているのも事実であった。さらに、2000年代にはいると、個人情報保護の社会的動きや取引先と社員の癒着防止という観点や社内人事の透明性の観点など、内部統制の一環として社外共に贈答全般を規制する企業も出てきたりしていることで、このことが帰って企業間関係を悪化させている原因となっていることも事実だった。

ただ企業間ではこうした取り組みを実施しないと、どうしても様々な観点から問題視されて企業としての信頼の価値が下がる、となればまた話も変わってくるのだろう。中小企業が大手に対して贈答することで優先的に仕事を回してもらえるように取り計らっているとして、やはりそれは倫理的にみればまずいことは明白だ。

お歳暮は確かに感謝を伝える行事としての意味合いが強く、それに託けての賄賂といった大きく意味を逸脱した使い方もあることが大変悲しいことでしょう。そもそも歳暮というのは感謝の念を伝えるということを本質的な意味としてではなく、それは魂で贈りあうということを目的にした贈答品である、というのを根本的な意味とした行事です。人間同士の、本質的な交流としてがお歳暮の本来の役目であるということを忘れている人が多いのも事実なのかもしれませんね。

贈り相手

現代版のお歳暮を贈る相手といえば、ご先祖様への供物として購入しているという昔ながらの考えを持っている若者が何人いるでしょうね。恐らくはきちんとして意味を理解している人でないと、そういう信奉心を発揮することはないでしょう。

では誰にお歳暮を贈ることが一番定番となっているのかということになりますが、それは親や親戚、上司、取引先、仲人だけでなく、お稽古事の先生などに贈ることが一般的だといわれています。会社の中には取引先や顧客に一律に送るというような、儀礼的な贈り物を禁止している企業も中にはあります。学校の先生なども受け取ることを辞退する場合もあったりするので、こちらが大変お世話になったといっても立場的なものを考慮して受諾するのは不適切ではないという風に考えている、というケースもあるということです。

またお歳暮といっても、感謝の念は建前にして本音は評価の向上、もしくは今後なにかあった際には便箋を図るといった、意味合いで本人の持ち物を贈答するのでは、喜ばれるということはないでしょう。贈り物というものの本質は、受け取った時に贈ってくれた当人の心を感じるということが、本当に心のこもった思いやりのある表現としていると言えるものだ。

一年の締めくくり出るということもあり、贈答儀式の中ではそれなりと重要であると考えられているため、値段的なものを考えらたら相当に値段が上がるものを送ることが普通として見られている。もちろんこれが一般的というわけではありません、むやみやたらに高額なものを贈答するというのも無理があるので、何がいいかはその時の自分の状況と相手の状況などに合わせて何にするかを決めたほうがいいでしょう。

お中元との違い

さて、似たような贈答儀式があると言えばやはりお中元のことでしょう。意味事態は違ってきますが、内容としてはお歳暮が年末に贈るのに対して、お中元は一年の半ばである盆の時期に贈ることで半年分の感謝を伝えるという意味合いを持っています。

しかしここでも、それぞれ本来の意味が変化していくうちに感謝の念という一択の意味として使用されるようになりました。元々お中元とは『お盆の時期に祖先の魂に捧げる供物を実家に持ち寄ったもの』と言うことになります。ではあまり違わないのではないか、という指摘を貰いそうですが、日本古来の宗教では死んだ人の魂は神様へと昇華するという考えを基にしているので、この時の神様というものも家系によるが、ほとんどが先祖としているケースが多いでしょう。中元では祖先の魂を捧げるための供物として、そして暮れには神様になった先祖を向かえるための歳暮、という考えだということなのでしょうね。

また、日本には仏教の『盂蘭盆会』、つまりは盆の時期に迎え火や盆踊り、送り火などの様々な儀式があり、その内の1つに『盆礼』というものがあります。これは親や親戚、近所の人々の間で霊前に供える品物をやり取りする習慣として行なわれており、盆礼は一部の地域では『生御霊(イキミタマ)』とも呼ばれています。死者の供養をすると共に、生きた魂も供養する考え方の下、物品を取り交わしでいたことを指しています。

個人的にはプレゼントという意味では、全く同じ意味だろうと思い込みがありましたがこうやって見るとそれぞれ意味がしっかりと持たれていることが良く理解できますね。特に中元と歳暮といっても同じ意味のように今は使われていますが、これが江戸時代頃では言葉の意味と活用も全く別物だということが分かりますでしょうか?先祖を供養するために使われる中元、新しい神様を奉るための歳暮、似ているようで全く異なるということだけでも、知るだけで面白くなりますね。

さてさて、そんな贈答品のことに関してですが、この後ドンドン根掘り葉掘り調べていきましょう。終わる頃には立派にお歳暮とお中元の違いのほかに、色々知識を身につけられるかもしれませんね。